MSPCによる「てんかん発作」の予知

京都大学 教授 加納 学

前回は、複数の変数を同時に監視したいときに有用な多変量統計的プロセス管理(Multivariate Statistical Process Control: MSPC)について説明しました。今回は、その応用例として、てんかん発作予知に関する研究を紹介します。

てんかん

「てんかん」とは、大脳の神経細胞が過剰に興奮することで発作(てんかん発作)が繰り返し引き起こされる慢性の脳の病気です。発作は突然起こり、痙攣する、手足がしびれる、耳鳴りがする、動悸や吐き気を生じる、意識を失う、言葉が出にくくなるといった症状が生じます。

てんかんのある人は、100人に1人の割合でいて、日本全国では約100万人と推定されています。つまり、決して珍しい病気ではないということです。てんかんのある人のうち70~80%は、薬や外科治療などにより発作を抑制(コントロール)できますますが、残りの20~30%の人は発作が止まらない難治性てんかんです。

発作が起こると、大きな怪我や事故に繋がる恐れがあります。このため、発作が起こる前に、本人や周囲の人に、これから発作が起こることを知らせることができれば、より安心して生活を送ることができると期待されます。

てんかんについては、例えば日本てんかん協会のページ で丁寧に説明されていますので、より詳しくはそちらを参照して下さい。

心電図と心拍変動解析

てんかんは脳の病気ですから、その診断には主に脳波が利用されます。しかし、日常生活の中でてんかん発作を予知するために、脳波計を常に身に付けていたいと思う人はまずいません。そこで、脳波の代わりに心電図を用います。

心臓は身体に血液を循環させるポンプの役割を果たしています。この心臓の電気的な活動の様子を体表から検出したものが心電図で、図1のようなグラフになります。ここで私達が注目するのは、一番高いピークであるR波の間隔(RR Interval: RRI)です。図2に示すように、RRIは常に変動しています。緊張している、リラックスしているなどの自律神経活動に関連する状態によって、その変動パターンが変わることが知られています。このため、RRIの変動を解析することで、つまり心拍変動解析を行うことで、自律神経系の活動状態をある程度は把握することができます。このことを利用して、心電図からてんかん発作を予知しようというわけです。

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図1

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図2

RRIは1変数の時系列ですが、これをそのまま使うわけではありません。RRIから計算される時間領域指標や周波数領域指標を使います。図3に示すように、時間領域指標には、RRIの平均(meanNN)や標準偏差(SDNN)などがあり、周波数領域指標には、特定の周波数領域でのパワー(LF、HF)やその比(LF/HF)などがあります。

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図3

MSPCの適用

計8種類の心拍変動指標にMSPCを適用して、てんかん発作の予知を目指します。ここで、MSPCの特長を思い出しましょう。MSPCでは正常データだけからモデルを構築します。つまり、異常データがなくても異常検出ができるわけです。これは、てんかん発作が生じたときのデータを収集するのが難しい、今回のような状況で大きな強みになります。

計8種類の心拍変動指標に主成分分析(PCA)を行い、採用する主成分の数(今回は6個)を決めて、T2統計量とQ統計量を計算し、それぞれに管理限界を設定します。ここまでがオフラインでの準備です。

てんかん発作予知を行う際には、患者さんの心電図をリアルタイム計測し、心拍変動指標を計算し、T2統計量とQ統計量を求め、いずれかが管理限界を超えた場合にアラームを伝えます。なお、実運用上は、必ずしもT2統計量とQ統計量の両方を使うとは限らず、一方のみを使うといった工夫をすることもあります。

てんかん発作予知結果の一例を図4に示します。なお、この図では、赤色の縦線が発作が生じた時刻であり、T2統計量またはQ統計量が10秒以上継続して管理限界(破線)を超えた場合に「発作の兆候あり(異常)」と判定し、その期間を緑色の背景色で示しています。この図から、発作発生の数分前にその予兆を捉えていることがわかります。

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図4

てんかん発作予知の実運用

現在は予知精度や使い勝手の改善を目指しているところですが、てんかん発作予知システムをてんかん患者さんが使用するときのイメージ図を図5に示します。患者さんはウェアラブル心電計を身に付け、無線通信でRRI(またはR波のタイミング)をスマートフォンに送信し、そのスマートフォン上で心拍変動解析を行い、アラームを伝えます。

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図5

今回紹介した研究成果は、以下の論文で発表したものです。オープンアクセスですので、無料でダウンロードできます。興味のある方はご覧下さい。

K. Fujiwara et al., "Epileptic Seizure Prediction Based on Multivariate Statistical Process Control of Heart Rate Variability Features," IEEE Trans. Biomed. Eng., vol. 63, no. 6, pp. 1321-1332, 2016.

この研究開発で中心的役割を果たしているのが、名古屋大学の藤原幸一准教授です。名古屋大学に移る前は京都大学で私と同じ研究室に所属していました。また、ウェアラブル心電計は、熊本大学の山川俊貴准教授が開発したものを使用しています。2018年には、大学発ベンチャーであるクアドリティクス株式会社を立ち上げ、てんかん発作予知を含む医療サービスの製品化を目指して活動しています。

この取り組みのように、ある分野(今回は製造)で用いられてきた技術を別の分野(今回は医療)に持ち込むことで、これまで為し得なかったことが成し遂げられるというのは価値あることでしょう。異常検出に限らず、他の技術でも同様のことができます。システム科学(あるいはシステム工学)の本領発揮というところでしょうか。狭いところに引き籠もらず、広い視野を持つことの大切さを痛感します。

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